2007/08/04 書いて置きたかった事(カキオキではありません)
 今日はたいした仕事もないし、休みにしようなんて感じで、ネットでも見てましたら、なにやら外に人影が・・。
 ずいぶんとふけたおっさんだな、なんて思ったんですが、なんと同級生でした。
 すごく久しぶりなんですが、気に掛けていてくれていたらしく、通りがかりに寄ってくれました。
(いやー嬉しいモンです)
 頭部もいくらか寂しくなりはじめ、体はすっかりメタボリックです。
 ひとしきりお互いの体を評価し合い、(爆笑)次はお決まりのお年頃の悲哀話です。
 そう、いつかはしっかりと書いておこうと思っていたんですが、いわゆる団塊の世代が過ぎ、名も無い次の世代の長男坊格がわれわれの世代なんです。
 昭和30年以降生まれです。
 一般の企業に於いてはそりゃーせつないお年頃なんです。なぜかと言いますと、定年にはまだ間がありまして、上にはもう8〜9年分、先輩格がビッシリと詰まっております。
 企業も明確な功労者には、なかなか引導を渡せません。(てか、もうすぐいなくなりますし、なにより、衰えたロートルをリストラしますと寝覚めが悪いんでしょうね)
 現実、所得も役員を除けば、われわれの年代がトップクラスになるでしょう。
 そうなりますとわれわれの世代に白羽の矢が立つのです。高卒から叩き上げ、一社でしたら30年は勤め上げた計算です。それなりの役に付き、これから功績を上げるチャンスもめぐってこようという物。
 しかし、上が詰まっている、マダマダ元気だと言うことで、グローバルスタンダードの波にさらされる事になってしまうのです。
 イヤネ、結構たくさんいるんですよ。
 再就職はなかなか難しいですし、自営業にしても起業にしても、ハイリスクハイリターンの世界に入ってしまいます。
 厳しさに耐えられず、過ちの方向に行ってしまう人もいるわけです。
 実際、マスコミに登場する「無職48〜52歳」なんてみんなその類なのかななんて思ってしまいます。
 何も、終身雇用制がこのタイミングで崩壊しなくても良いのにねー。
 一億総中流なんて言われたのはつい最近なんですが、米国追随型が一気にこういう形になってしまいました。官僚主導型の平和ボケ解消にはショック療法になるとは思いますが、きついことはきついんだよなーなんて、お年頃の悲哀を感じた午前でありました。
2007/08/05 イイヨナ〜ダッシュ村
 いつもいいなーと思いながら観てました、鉄腕ダッシュのダッシュ村。
 もう8年目になるそうです。古民家の再生や、農作業を中心とした村づくりに加え、炭焼きやヤギの飼育、養蜂や様々なもうメジャーでなくなった、伝統技術を掘り起こして、あのトキオのメンバーが活躍する人気番組ですが、いい番組ですねー。
 南長野らしいんですが、いい田舎です。グーグルアースで見つけたとか言って話題になっていましたね。
 私のところも同じぐらい田舎なはずなんですが、あの味はなかなか出せません。
 水と農作物、それを取り巻く醸成された環境を理解できないと、簡単にはいかないようです。
 地元からの出演者がまた良い人ですね、トキオとまったく違和感なく良い感じです。
 本来の地域のコミュニケーションて、やっぱりあんな感じであるべきなんでしょうね。
 しかしトキオは良いですねぇ。みんな家族中大ファンです。(ジャニーズ事務所も捨てたもんじゃないですね)
 今日は手延べそうめん作りでした。
 うどんと冷麦とそうめんの違いはなにやら良く判らなかったんですが、おかげで良く判りました。
 私なんか、田舎のネイティブでありながら、効率化を追求しすぎて、古き良き物をずいぶんと忘れてきてしまった事を気付かせてくれる、素晴らしい番組だと思います。
 出演されている皆さんはもちろんですが、企画制作されている方々に深く敬意を表したいと思います。
2007/08/06 かぐらなんばん  道の駅で見つけた宝物
 山古志の現場に入ってます。 
 錦鯉の養殖が盛んな地域なんですが、三年前の地震でその管理小屋が壊れたままになっている方から依頼を受けまして、山小屋の新築工事です。
 当然汚水排水の不必要なエコトイレをつけさせていただきます。
 基礎工事が終わり、9日に建前を予定しているんですが、その前の足場を今日建てています。
 現場チラッと、後は道の駅めぐりをしてしまいました。
 イオングループの台頭(っていうーか?)により全国どこへ行ってもおんなじ物しか手に入らなくなってしまいました。
 でも道の駅なんかで、今盛んに地産地消の雰囲気で、お年寄りが丹精込めて作った様々な野菜が販売されるようになりましたよね。
 (でもお年寄りってすぐ勘違いして、スーパー物と張り合っちゃうんですよねー)
 今日も見つけました。
 「かぐらなんばん」
 山古志地方を中心に栽培されている独特なとうがらしです。
 適度な甘みとさわやかな辛さ、肉厚でボリュームのあるこのなんばんは、最近赤丸急上昇みたいです。
 先日ヒョンな事から手に入りまして、女房殿が揚げ浸しにしてくれまして、あまりの美味しさに一気にファンになりました。
 東京は原宿に新潟県のアンテナショップがあるんですが、そこではこのかぐらなんばんのからし味噌にした物が、やっぱり人気を博しているらしいです。
 うちの畑でも作りたいと思いますが、なにやら原種保存の動きがあるらしく、手に入りにくいと聞きました。(ザンネン)
 
 道の駅、今回は川口の駅でした。
 もちろん一緒に買ったのはマタタビ。
 これもオタカラ、オタカラ。
2007/08/08 天空の里
 山古志に行くと、大抵の人が驚きます。
 驚く理由はそれぞれ違うと思いますが、沢山ある中で、まあ良くこんな山のてっぺんまで田んぼを作ったもんだと驚くのは私だけじゃあないでしょう。

 本当にそれこそてっぺんと言ってもいいと思うところまで田んぼがあります。
 私の住むところの下田では五百川と言うところが唯一山古志に似た棚田があるところです。
 無雪地域ならいざ知らず、全国でも有数の豪雪地帯であるにもかかわらず、なぜ急峻な地形をものともせず、上へ上へと開拓が進んだのか?、非常に興味深いものがあります。

 かつては米はお金と同等の価値を有していたことは自明の理です。その米を生む田んぼは何にも替え難い財産だったことも当然のこと言えます。
 その田んぼを造るにあたり、先ず何は無くても「水」が必要です。
 そして冷たい雪解け水ではなく、比較的暖かい湧き水が豊富にあるという事、これは、寒冷地において、非常にありがたいことだったんですね。
 そして田んぼが作りやすい土壌であることも条件の一つになります。
 アマ岩や砂利や砂質ではダメですね、ゴロタが入っていたとしても、適度な粘土質であることが大事です。畦が造りやすく、水持ちのよさが必要だからです。
 この水と土質の二つの条件がそろい、先人達は上へ上へと開拓を進めて言ったんだと推察いたします。
 今では多くの田んぼが、その水質の良さを利用して錦鯉の養殖が盛んに行われています。
 生活条件は過酷な方が賢い人間が育つのでしょうね、素晴らしいと行く度に感動いたします。
2007/08/10 はっぴぃ〜効果
 三年前の水害で被害に遭ったこの地域の橋の復旧作業がようやく終わり、(しかし長かった)この9月2日に渡り初めが執り行われます。
 橋の向こうとこっちの4集落が集いまして盛大にアトラクションをやろうと言うことになりました。
 ちょっと前に8月初旬に、なんて言われた時は、「虫送り(この地域の伝統行事)」にしようと言っていたんですが、9月にずれ込みましたんで、「盆踊り」に決まりました。
 え、盆踊りも時期はずれですって?。 
 私どもの地域ではおめでたい人が多いらしく昔から9月15日に十五夜踊りと称して、盆踊りの風習が残っておりましたのでOKなんです。
 そんなこんなのうちに、川向こうの、最近元気のいい(集落の盛衰は若手の数とポジショニングで決まります・ある程度の数がいて、[多ければ良いってモンじゃあないです]権限委譲なされて、やる気があれば元気のいい集落です)集落から法被の注文を頂きました。
 実は法被半纏のデザインは大好きでして、下田では13団体から注文を頂きまして、各地域でかわいがられております。
 そもそもは、15年ほど前になってしまいましたが、私の住む「中組」の法被が発端でありまして、図らずも気づいた事がありました。
 「良い本染めの法被半纏を手にした途端に、集団の雰囲気がガラッと変わる」と言うものです。
 まあ単純にアイディンティテイの効力なんでしょうが、それを「はっぴい効果」と名づけました。
 外人にも非常に好まれるはっぴいウエア、もっともっと広めて行きたいと思います。
2007/08/13 かじか [鰍]  昨日は、近所の子供達と、若い衆(と言っても40過ぎなんですねーでも独身だから若い衆)と地元の五十嵐川で川遊びをしました。
 まーしかし、今年一番の暑さだったでしょうか、水温もなまぬる〜いかんじで、ただ川風が多少あったのが救われましたが、真っ黒に(いや真っ赤な人も多数)なりながら、日長一日楽しみました。
 五十嵐川の楽しみはなんと言ってもカジカ採りです。
 がきの頃、夏が来るのが本当に待ち遠しい理由の一つがこのカジカ採りをやりたいと言うものでした。
 三本〜五本に分かれた先を持つ「ヤス」と水眼鏡と言われる水中眼鏡は、子供達の夏の必須なんですが、お店に売りに出るのももどかしく、前年に買ったはずのものを納屋に探しに行ったりしたものでした。(たいがいしまい忘れて怒られるんです)
 昭和40年代、有機水銀入りの農薬の散布により、水生動物激減。
 さらには上流の豚小屋からの垂れ流しで大腸菌が大量に検出され遊泳禁止。
 その後農薬が改良され、水質も良くなり、いくらかカジカたちも川に戻ってきたかなー、なんて感じていた昨今だったんですが。三年前の大水害ですっかり川は荒れ、全く魚は採れない状況でした。
 淡水魚協さんの尽力もあり、私も二点セットで川に入ったんですが、かなりお目にかかることができました。
 このカジカ、うまみ成分が抜群なんです。
 もったいないですが、だしとして使っても最上級品なんです。
 そのまま醤油をチョトかけていただくのが一番ですが、カリカリの熱々に燗酒をかけましての「カジカ酒」。
 天国行きです。
2007/08/16 盆踊り
 お盆と言えば、15日はこの地域は盆踊りの日です。
 ちょっと前娯楽の乏しかった頃は、各地域で少しずつ日をずらし、遠征しあいながら、盆踊りを楽しんだと聞きます。
 残念ながら開催する地域も減り、下田でも一桁台になってしまったと思います。
 私の所でもやらない時期が数年あったようですが、有志の皆さんの活躍により、20年前ぐらいに見事復活いたしました。
 当初、かなりの賑わいを見せたんですが、残念なことに、ここ数年は踊り手も少なく、チョト寂しい盆踊りです。
 私も、年取りまして始めるまでは若干億劫なんですが、日が落ちて提灯の明かりがともり、カンカラカッチッカン!と太鼓が始まりますともう全快モードです。(私は太鼓もヘタで、笛も吹けないんですが、踊りだけは亡くなったお袋似のようで、けっこう好きなんです)
 女房殿は、驚くことに難しいとされる太鼓を三日で覚え、これまた難しい踊りもサマになり、最近は笛に挑戦するほどの勢いです。
 昨晩はご近所のご親戚の方々も沢山来場いただきまして、本当にありがとうございました。



 写真は太鼓叩き終えて一休みの女房殿。
2007/08/16 盆踊り-¶
 笛を吹く娘(手前)と、ご近所岩坂氏のご息女、アキホちゃんです。
2007/08/16 若手も活躍 盆踊り
 毎年若手もしっかり手伝ってくれます。
 恒例はこんにゃくおでんとカキ氷(すべて無料)なんですが、そのお店の主力になってくれている、熊?供淵?マオジと読みます)と、県外で先生をやっていて里帰りのマサアキくんでした!。



 (シカシ、全体を撮るのワスレマシタ)
2007/08/19 忍者物語   
 いつもお世話になっている、長谷川氏と岩坂氏がこの14日に山に行ってきました。
 この長谷川氏、何回か当日記でも登場いただいております「鹿熊[カクマ・地名]の忍者」と呼ばれている彼のことなんですが、一緒に行った岩坂氏がその忍者振りをとくと話してくれました。
 当日記をご覧になっている方々、私の住む旧下田村の場所をお解かりでしょうか、佐渡島から弥彦山めがけてまっすぐに線を引き、それを中心に、福島県境にむかって尻を向けるひょうたんの形をしておりました村でした。
 大半が森林、村の中心部を指したつもりが、人里としてはずいぶん奥の方になってしまいます。
 そしてその又奥が半端じゃないんです。
 全国地図見ても、北海道を除き比類がないほどです。
 その奥に昭和三十年代に完成した笠堀ダムがあるんですが、そのダム湖の奥に彼らは行って来たという事でした。
 長谷川氏曰く、「オレの庭」。
 岩坂氏も驚いていたんですが、かなり強烈な難所だそうで、ウエットスーツ着用で沢筋からしか行けない所だそうです。
 しかも垂直に近い崖も上らなければならないとの事。
 まさしくほとんど他人は行かない「オレの庭」。
 ウームすごい。
 岩坂氏曰く。
 「それを真っ暗になってもスイスイ行くんですよ」

 そりゃー忍者だよなー!。
 納得。

 しかも彼はそこに岩魚を放流しているんです。
 さすがに滝は上りませんから、上流は放流してやらないと、いない魚もあると言うことなんですね。
 岩坂氏が見た25センチ超級の岩魚は、彼が放したものに間違いないということだそうです。

 確かに庭だわ!。
 あらためて「忍者」を確認したお話でした。


 
 ちょっと前に頂いた彼のおみやげ?
 カモシカのシャレコウベ
 イヤイヤ 食べたとか言うんじゃあなく、沢に落ちて死んでいたやつを拾ってきてくれたと言うものです。
 (食べると美味しいそうですよ、エ、イヤイヤ聞いた話)
2007/08/22 食糧安全保障
 何回かこの日記でも取り上げましたが、今の日本は、国家の根幹としての安全保障に、どうも物足りなさを感じるんです。
 国防と言う点では、現状米国依存は止む無しと言わざるを得ませんが、食料とエネルギーと言う点では、努力しだいで改善してゆくことは可能だと思います。
 しかしそれはあくまで国民の意思が必要であり、少数政治家や官僚や有識者がいくら声高に唱えてもなかなか浸透しないことであります。
 今の日本人実に「トレンド」に弱いんですよね。
 大きな流れとしての動きがないと同調しないと言う性質があります。
 こういう記事が出ていたんですが、大きな流れと言うか、国民の関心を少しでも呼ぶことができるんでしょうか?。
 

 以下引用
2007/08/21-17:38 食の安定確保に本腰=自給率向上へ「安全保障課」−農水省
 地球温暖化に伴う異常気象、中国やインドの消費拡大、穀物を原料とするバイオ燃料の広がり−。世界の食料を取り巻く環境が激変する中、農水省は国内向けの食料を安定的に確保するための体制づくりに本腰を入れる。来年度には「食料安全保障課」(仮称)を設置し、低迷する食料自給率の向上に全力を挙げる。
 政府は2015年度にカロリーベースの自給率を45%にする目標を掲げている。しかし、食生活の欧米化とコメ離れに歯止めは掛からず、06年度は前年度比1ポイント低下の39%と、「現状では達成は望めない」(総合食料局)。
 食料輸入が仮にストップした場合、朝昼晩の食卓に並んでいた身近なおかずも満足には確保できなくなる。小麦や大豆、乳製品、食肉は多くを輸入に頼っているためだ。牛乳は6日にコップ1杯、卵は7日に1個、食肉は9日に一切れしか口にできなくなるという。
 農水省は来年度予算で、食料自給の重要性を国民にPRするため、テレビなど多様なメディアを活用することを検討している。秋には7月に発足した政府の有識者会議「食料の未来を描く戦略会議」の第2回会合を開き、危機感を訴えたい考えだ。

2007/08/28 食育
 食育という言葉に非常に興味があります。
 根がしっかり百姓で、料理は趣味の一つですし、PTAでバザーは20年ぐらいやってました。
 そんな関係で食の変化や食材をめぐる周辺環境の変化(輸入先の変化とか)等はけっこう敏感に感じておりました。
 私の真情を簡単に言いますと「日本の米を守らなければ失うものは大きい」
「正しい味覚を子達に伝えることは親の使命だ」
 とまあやや大上段(だい冗談ではない)ですが、そう思っております。
 とは言いながら、ジャンクフード、ファーストフードのたぐいの中にはけっこう好きなものがあることも事実です。

 しかしこの記事にはあきれました

 以下引用

東京都教育委員会が「子どもの生活習慣確立プロジェクト」を推進して
います。
広報によればそれは以下のようなもの。

「東京都「子どもの生活習慣確立プロジェクト」とは
 「子どもの生活習慣の乱れ」を改善し、確かな学力や体力の基となる
望ましい生活習慣の確立を推進するため、平成18年11月からスター
トした東京都重点事業です。子どもたちの生活習慣の確立に重要な役割
を担う「家庭の教育力」を、学校や地域社会と連携しながら、さまざま
な取り組みを通して支援していきます。」

ところで、このプロジェクトの一貫として、この7月、台東区と杉並区
の小学校の子どもに、夏休み中の寝起き時間などを書き込む「カレン
ダー★ブック」に、「はやおき・はやね&あさごはんをがんばったみん
なにマクドナルドからプレゼント!」というちらしが配布された。二週
間目標を達成するとマックのシェイクが貰えるということだ。杉並区の
ある父親は仰天。「都はマックの宣伝をするつもりか。食育をどう思っ
ているのか」
これに対して都教委担当者「マクドナルドさんは当プロジェクトの支援
企業。都からお願いした。対象商品の成分表をみて、2週間に一度なら
許容範囲」とのこと。
NPO法人日本食育協会の理事、医学博士鈴木雅子さん「あまりに安易。
食の教育を提唱すべき都がファーストフードを勧めるのは問題」と。
(「週間文春」8月2日号より)


 引用終わり

 私は原理主義的に過敏になるのはイヤなんですが、これはちょっとおかしいなーと感じています。
 そもそも教育委員会がやることではないなー。
 
 中学校のバザーでそろそろ涼しくなって子供達に暖かい豚汁をつくってあげたいと提案したら、どこかのおっかちゃんが、「カップヌードルならお湯を沸かすだけで簡単でいい 」と真顔で反論された経験がありますが、ちょっとおんなじ印象です。
まっとうな哲学がなさ過ぎますね。


2007/08/28 下田の夏祭り
 まあしかし、ホントに馬鹿になってやってきた祭に昨年は仕事で出られなかった。
 母が亡くなったりもして、ちょっとだけ遠ざかっていた下田の祭りに久しぶりに没頭した。
 大蛇祭の企画書を作ったころの、気が狂っていたかのようなのめりこみ感とは比べるべくもないが、それなりの緊張感を持って望むことができた。
 朝4時半、下田の奥、大蛇伝説の発祥の地、吉ヶ平の雨生ヶ池に水を汲みにいく。
 今日担ぐ大蛇に魂を吹き込むためだ。
 ついでに大蛇に乗るこれまた伝説の小文冶に見立てた若い衆が振り回す露払いを、根曲がり竹で作る。
 鹿熊の忍者長谷川氏と6本も造った。
 笹竹の露払いは一日持たないからだ。
 さて2時間半の水汲み工程を終え、下田の中程にある大蛇が待つ村社、八木神社に入る。
 市長はじめ市議の方々を交えた神事が執り行われ、いよいよ出発だ。
 旧下田、八木・五百川・荒沢・下大浦・そして荻堀の河川敷と大蛇は半日かかって練り歩いた。
 今回気合の入った私はナント全工程大蛇の真下で担ぎに専念した。 (イヤもーガタガタ)
 河川敷では、中組集落の出店に転がり込む。
 企画したのは12年前、前日仕込んだ千本の串焼きが、完全に一番人気の名物になっている店だ。
 ふらふら酔っていると大蛇の胴体を積み重ね火を放ち、その周りでの盆踊りの時間になった。
 太鼓たたき手の声も掛かったが、右肘が完璧でないので、踊り手に専念することにした。
 今では私しかいないのだろうか、狂言舞と言うか滑稽踊りを、ナントぶっ通しで一時間半踊ることができた。
 滑稽踊りはひざを落として中腰で踊るのでかなりしんどい。
 さほど衰えていないげな、わが身に驚いた。
 盆踊りが終わると花火が上がってお開きだ。
 昭和三十年に三村合併が行われ、下田村が誕生した訳だが、貧乏村のせいか、歴史はあるのに何故かそれに根ざした祭のない村だった。
 昭和45年に離村し、800年の歴史を閉じた吉ヶ平に伝わる伝説をモチーフに、あたかもいにしえより伝わる祭のような大蛇祭とその演出は、かなり一人よがりだったかもしれなかったが、なんとなく定着させてもらえたような気がした。
 ちょっとだけ客観的になれた一日だった。
2007/08/30 見てきました 新発田祭 [帰り台輪]
 娘婿殿のご実家からのお誘いで、新発田祭見物に女房殿と行ってまいりました。
 県北の城下町に280年の歴史を持つといわれる新発田台輪、その話は祭に興味を持ち始める12年前ぐらいから聞き及んでおりました。
 活目いたしましたのは、春に遊びに来た婿殿が、自ら参加した話を聞き、しかもそのビデオを見せられたときでした。
 祭は神輿の他に山車、台輪等車輪の付いた物を引き回すものがあります。
 コンチキチンの京都祇園から、速度を競う博多山笠、コーナーリングを競う、大阪だんじり等、すでに全国区になっているものも数多くありますが、この新発田台輪、それらと比較いたしましても決して引けをとらないものであります。
 見かけは大阪だんじりに近いものがあります。
 前面に弓張提灯を持った「頭取」「副頭取」「頭」等が、博多山笠の飾り宜しく、睥睨するように構えます。その人たちの全身を使った指示により台輪は進行して行きます。
 また彼らは木遣の謡い手でもあります。
 そしてそれを引くほんとに若い衆が数十人、「取締」と書いた弓張提灯を持つ中堅等と合わせてやく100人の陣容で望む訳ですが、それが6組も目抜き通りを練り歩くわけです。
 それだけでもすごいのに、大きな特徴として、「あおり」と呼ぶ、いわゆるギッタンバッコン状態に前後を上下させる動きがあります。
 重い後部が路面に当たる音と響きが益々祭を盛り上げたものにして行きます。
 沢山のテキヤの出店に灯がともり、気分は否が応にも盛り上がると言うものです。
 しかし驚きはマダマダありました。
 次ページに続く。
2007/08/31 続 新発田祭
 勿体つけましたが、お許し下さい。
 さて、にわか仕込みの祭談義、間違っておりましたらお許し下さい。
 8月27日に各町内から諏訪神社に奉納された台輪が、祭の最終日29日に各町内に帰ってゆく訳ですが、それを「帰り台輪」と呼んだと言うことですね。
 当然奉納は粛々と行われたことと思います。
 で、帰り。
 目抜き通りを沢山の観衆に見守られながら、行列するんですが、一台ではないので、ここで駆け引きが生じる訳です。
 歴史と伝統に裏打ちされた駆け引きですから想像でしかないんですが、次のような感じです。
 どうやら明確な順番とかを競う訳ではなく、対峙した際の余興のような印象を覚えたんですが、「もみあい」と言われる明確なけんかが行われるんです。
 各台輪は坦々とは進まず、辻辻に様子を伺うように2台〜3台とたたずみます。
 大変な労力なんで休んでいるのかなーと思って見ていますと、婿殿。
 「始まりますよー」

 男の子は判るなんとはなしのキナクサい感じがしたかと思うと始まりました。
 台輪先頭の曳き綱を引く最も若い衆同士がマジけんかです。
 その数約ん十数名VSん十数名。
 手も足も出しております。
 法被も当然ぼろぼろ。
 鼻血は当たり前。

 弓張提灯に「取締」の文字がある中堅どころは、けんか当事者はおかまいなしでもっぱら観客に迷惑が掛からない様にー なんて思っていたんですが、
どうやら「引き時」を見るのが仕事のようで、観客は警察に任せて、なにやら終わりの空気になったとたんに、「オラオラヤメロ!」とものすごく怖くなるのでした。
 (さすが中堅どころで、昔はならした!なんて面構えのばっかりで、そっちの方がよほど怖い!)

 けんか神輿や、屋台は見たことがありますが、生身のけんかが容認されている祭は、正直初めてです。
 聞くところによりますと、十五歳から二十二〜三ぐらいまでが参加するんだそうで、婿殿も散々やったクチだそうです。
 観客が興奮して参加したこともあったり、当然救急車が来たりとか、あまり過激なんで禁止したら、住民からの不満で再開したとか、まあしかし、オミゴト! な祭でありました。


 写真の奥の方ではものすごいことになっています。